路人A點評:手段不夠高明
路人B點評:得罪到人了吧
路人C點評:賺太多遭人妒
橫批:大驚小怪
承攬裝置藝術 教授涉圖利
【聯合報╱記者林巧璉、翁禎霞、陳崑福/屏東縣報導】
2013.08.27 03:01 am
國立屏東教育大學視覺藝術學系主任兼所長林右正,涉嫌利用自己是裝置藝術評審委員機會,成立公司承攬縣市府發包的裝置藝術;屏東檢方昨天依圖利罪嫌傳他到案,以涉案情節重大,向法官聲押獲准。
五十四歲的林右正,是西班牙格拉那達大學藝術博士,在國立屏東教育大學指導美術理論、美術創作、觀念藝術等課程;一九九八年學成歸國時,曾推出「鐵籠裸女展」,引起熱烈討論,在屏東藝文界頗為活躍。
檢調透露,國內裝置藝術的專業人才不多,各級政府機構欲發包裝置藝術工程,都會聘任學者擔任評委,這些委員不是林右正的學生,就是他認識的學者。
【2013/08/27 聯合報】
全文網址: http://udn.com/NEWS/SOCIETY/SOC4/8122779.shtml#ixzz2dKl9ZksU
2013年8月28日 星期三
2013年8月22日 星期四
2013年8月5日 星期一
[摘錄] 林平 藝術展覽的價值和空間的關係
國際大展的蛻變與發展
第二次世界大戰之前,西方和當代藝術有關的展覽則多半發生在為展示而設計的建物中,或者在具有商業性質的空間。商業畫廊多半以一種精品屋的形式呈現,厚重典雅的室內裝潢,引人讚嘆的聚光展示,在世紀末扮演當代藝術展覽生態的關鍵角色。可以倫敦的格羅斯文諾(Grosvenor)畫廊和巴黎的杜翰胡爾(Durand-Ruel)畫廊為代表。此外當代藝術家的展出機制多半控制在一些展示協會的手中,逐漸由單一國家支持的沙龍展發展為各式藝術家協會所舉辦的展覽。例如倫敦的皇家學院一年一度的夏日展;1910和1912年由鼓吹形式主義的藝評家Roger Fry所主導的兩次後期印象派展覽;以及1936年的國際超現實大展,這些展覽都是由藝術界內部菁英所推動。
當時向一般大眾推展、最具能量的展出機制,莫過於世界博覽會或大型國際展的形式,它不止刺激了大量博物館的產生,並且也逐漸形成西方奇觀式的展覽文化。此種巨型的展覽會,往往是國際性的,從城市出發,帶有強烈的現代主義的意識型態,而且與政府或大型組織有關。它需要有大筆資金的投入,專業精緻的展示設計,藝術和製造生產並列而保有重要的位置,成為藝術和展示科技結合的大觀園。展出者的動機,通常包含三個相關的部分:其一,在文化和國家身分支持下的藝術宣傳;其二,藝術市場流通之下的成長發展;其三,是現代主義教條的擴張,認為藝術是具有普遍性的語言和交換的工具。(Ferguson, 1997)因此,不論是國族競爭意識、商業企圖、進步的標誌、或者是帝國主義和種族主義的思維,這些議題都隱藏在炫麗精美的展示之後,成為展覽投射的結構。
以國家為單位的國際大展還有另一個引人注目的定期展出系統,其中最享有國際號召力、並負盛名的是1895年建立、每兩年舉辦一次的威尼斯雙年展。這類展出通常設有競賽獎項,由國家推派藝術代表參與國家館的展示計畫,充滿了分裂較勁的氛圍。但是對照於戰後1955年首次舉辦的文件大展(Documenta),地點在德國柏林圍牆邊一個名不見經傳、幾乎被戰火全毀的城市—卡塞爾(Kassel)。二次世界大戰的創傷和納粹時期「墮落的藝術」(Degenerate Art)[1]所排斥的作品,為文件展的成立提供立即性的背景。這個展覽每五年舉辦一次,展出100天,故又稱百日展,在質量上具備前所未有的規模。文件展名稱缺乏地名,使得展覽具有另一種風味,和前述所討論的由城市出發的定期國際展具有不同的調性。文件展的標題強調事實性和客觀性,這是刻意創造出來的中性特質,以對照於1939年之前明顯具有宣傳性質和國家競爭性質的展覽。在此,它企圖重新提出了一個新視野,追求人性關懷的理想,以取代或抗衡其他國際大展所宣揚的歷史進步論式的、以及現代主義分裂式的瓦解力量,並希望能呈現具有普遍性和超越時間限制的當代藝術,同時將展覽視為充滿理想和救贖的經驗模式[2]。
但是若干年來,展覽的國際性仍限制在西歐和北美的地理範疇內,和無可避免的歐洲中心觀點。1997年第十屆文件展的總策劃大衛女士(Catherine David)企圖調整該展策劃和被理解的方式。她首度將展覽的核心展場由歷史性的費得力西農美術館,移往具有轉變和移民象徵的文化火車站展場,而美術館內大量陳列複合媒材裝置、影像、和錄像的作品。另外包含網站的架設、公開論壇、和專輯出版等。此外她還囊括了高比例的非西方藝術家,抵制商業企圖、拒絕奇觀式的藝術計畫,延續1968、1972年文件展具有社會重建的議題。她不只委託藝術家進行為特定地點量身打造的全新藝術計畫,並為美術館和畫廊以外的公共空間的作品生產提出新策劃趨勢。這個取向和同時德國敏司特市(Münster)每十年舉辦一次的雕塑計畫[3]具有相當的一致性,強調國際展中的地域觀念。他們採取的方式(Nairne, 1999)也是一系列開放性的委託計畫,使過去實質性的大型永久裝置、例如1977年Claes Oldenburg所設置的巨型撞球,轉變為較具概念性的作品、例如這屆計畫中Janet Cardiff所製作的城市錄音導覽系統。
國際展中強調地域概念和文化差異的策展方式在80年代就有先驅式的計畫發生。例如1986年Ghent舉辦的「Chambres d’amis」計畫,藝術家選擇在當地住民的家中創作作品,然後邀請參觀者入內觀賞。1889年在龐畢度藝術中心舉辦的「大地魔術師」(Les Magiciens de la Terre)展覽,囊括100位藝術家,其中50位來自非歐洲中心的國家。1993年在安特衛普舉辦的「On taking a Normal Situation and Retranslating it into Overlapping and Multiple Readings of Conditions past and present」展覽,策展人Iwona Blazwick邀約各地方機構共同形構展覽的輪廓,許多計畫來自在地團體和外來藝術家共同討論而成。因此整個展覽有一個在地計畫,關於安特衛普的前衛性的歷史;和一個較大型的國際展出所構成。2004年在英國利物浦舉辦的第二屆雙年展,主辦單位強調有意規避名氣大的策展人為展覽造勢的手法,而進一步強調藉由展覽進行城市更新和在地藝壇結構的改變。因此他們採取由國際藝術研究者推薦的藝術家名單,和當地的藝文結構合作完成委託的新作品。這個展覽更具體趨向2008年利物浦被選為歐洲文化都市的改造過程。
[1] 以希特勒領導的納粹政治思維下的展覽,主要由德國博物館收藏中選出參展作品約650件,強調這些作品無法展現正面的德國價值而加以唾棄。囊括二十世紀最經典的表現主義作品和抽象藝術的選件。其新聞媒體上的高度爭議和曝光率,造成了極驚人的每日參觀人次(25,000人)。此展在1991年由美國加州洛杉磯郡立美術館以非常不同的觀點和目的重新展出其中可借到的175件作品。
[2] Contemporary Cultures of Display, p107
2013年7月31日 星期三
[翻譯] 福島原発で働く人より。
有一件事情拜託大家
希望以大家的力量,把這消息廣泛傳出去。
今天、現在也才和福島核電廠的東電社員懇談過。
發現一個驚愕的事實。
聽說已經決定終止東電社員與家屬的補償。
聽說昨天有說明會。
聽說說明會一片混亂,被公司說,若有異議打官司也行。
而且還說,說明會的資料請絕對不要在外公開。
在福島核電廠工作的社員,大部份都曾住在警戒區域。
可以說就是地方的人。
補償終止的理由則是說,因為是租來的社宅,
沒有精神上的苦痛。
但是,他們是即使居所被毀、失去家人震災當天卻還是拼了命工作的人們。
而且,他們還是今後支援福島核電廠收拾工作的人們。
10月承諾我們會對家人部分進行補償的就是東京電力。
但是,卻連二個月都執行不到底就毀約。
那些人也是受災者是很明白的事。
這樣說起來,正就變成對受災者的侮辱。
我的朋友認真的說要辭掉工作。
比起憤怒,更多是悲傷⋯⋯
不懂到底為了什麼努力到現在
聽說自己也因家屬不受補償的事情十分痛苦,還搞到要離婚什麼的
也曾想過,就算只有家人也救不了嗎?
他們是核能設備的專家。如果沒有他們的努力就無法收拾核電。
請想像一下。有那些沒幹勁、恨公司的人正在處理核電。
他們也擁有能讓核電爐心熔毀等級的知識。
我曾憂慮的事態起來了。
我堅決向東京電力抗議。
以及、東京電力說廣野單身宿舍(簡稱J Village宿舍)備有臨時住宅街區的設備。
都是騙人的。那是把超級房屋弄得很廉價的組合宿舍。
沒有澡盆也沒有淋浴設備。廁所是臨時廁所。禁止帶車入住。
只有最低限度的人類居住裝備。
數十名友人住在那裡。
今天遇到的友人的臉色都跟過去的神色相差很大。
然後,每個人都賭上性命的結果竟然是這樣,一半的腦袋都變得可笑。
東京電力社員中,高薪的只有上層的人。
核電是以地方採用的人(高中畢業)為主。
30歲400萬左右的年收入。
消耗生命、無法過人的生活,卻因公司上層的判斷導致核能事故的發生,失去生活的人們,他們只能夠得到這些。
有好幾百個這樣的人在福島核電裡。
他們若辭職的話,就會變由核電知識淺薄的人來收拾福島核電。
再一次地,知道了所謂東京電力這家公司黑暗面的景况。
他們與其說是被薪資所囿,或許說是被強制勞動也不為過。
我並不是以現在的po文,寫一些擴散希望的事。
但是,這次的事件的憤怒無法堵絕。
請求您。請相信會成為救他們的契機的可能性,轉發出去。
我斷言。不遠的將來照這個情況,福島核電最壞的結果即將到訪。
無法守護社員的公司沒有未來。
公司不顧社員,只顧公司的死活,最低責任的補償也無法實現的話,只有加速毀滅一途。
再說一次。
東京電力對為他們捨命的人說,不喜歡的話就打官司吧。
這是個威脅吧。
即使如此,友人說「加油」。
我變得越來越悲傷。
「不加油也很好噢」說。
真的,好苦。
經過二年的努力就這個。而後即使東電試算,到廢爐要花35年。
無論如何,拜託您了。
請借給我大家的寶貴力量。
於福島核電工作的人 敬上
========
みなさんにお願いがあります。
この情報をみなさんの力で拡散願います。
本日、今も福島原発で働く東電社員と懇談してきました。
驚愕の事実が分かりました。
東電社員及び家族の補償の打ち切りが決まったそうです。
昨日説明会があったそうです。
説明会は紛糾し、会社からは異議があれば裁判を起こせばいいだろうと言われたそうです。
また、説明会の資料は外部に絶対に公表しないように言われたそうです。
福島原発で働く社員の多くは警戒区域に住まいがありました。
いわば町の人間なのです。
補償の打ち切りの理由は、借り上げ住宅が借りられたのだから
精神的苦痛はないとのことでした。
彼らは住まいを奪われ、家族を失いながらも、あの震災当日に命を削りながら働いた人間達です。
そして、これからの福島原発の収束を支えていく人間でもあります。
10月に家族分については補償すると約束したのは東京電力です。
しかし、2ヵ月もしないで反故にしたのです。
彼らも被災者であることは明白です。
いうなれば被災者への侮辱になるのです。
私の友人は本気で会社を辞めると言っていました。
怒りよりも悲しいと・・・・
何の為に今まで頑張ってきたのか分からないと
自分はまだしも家族まで補償されないことがつらいそうで、離婚をしてなんとか家族だけでも救えないかとも考えていました。
彼らは原発設備のプロです。彼らの尽力なくして原発の収束はありません。
想像してください。やる気もなく、会社に恨みのある人間が原発を扱うことを。
彼らは原発をメルトダウンさせることもできてしまうくらいの知識はあります。
私が恐れていた事態が起きてしまいました。
東京電力に断固抗議します。
また、広野独身寮(通称Jビレッジ寮)を東京電力は仮設住宅並みの設備を整えていると言っています。
うそです。スーパーハウスを安っぽくしたプレハブ寮です。
風呂もシャワーしかありません。トイレは仮設トイレです。車の持ち込みも禁止。
人間が暮らす最低限度しか整っていません。
そこに友人が何十人といます。
今日あった友人は顔つきが依然の顔とはかけ離れていました。
そして皆が命を張った結果がこれかと、なかば頭がおかしくなっています。
東京電力社員で高給与なのは、上の人間だけです。
原発は地方採用の人間(高校卒)がおもです。
30代で400万ほどの年収です。
命を削り、人間的生活ができず、会社の上層部の判断により起きた原発事故で
生活を失しなった人達が、これしかもらえてないのです。
こういった人間が何百人もあの福島原発にいるのです。
彼らが辞めたら、原発の知識も薄い人間が福島原発を収束していくことになります。
改めて、東京電力という会社の暗部を知ったしだいです。
彼らは給与という足かせにより、強制労働させられているといっても過言ではないでしょう
私は今までの投稿で拡散希望など書いたことはありません。
しかし、今回の件については怒りを禁じえません。
お願いです。彼らを救うきっかけになる可能性を信じ拡散願います。
断言します。近い将来このままでは福島原発は最悪の結果が訪れます。
社員を守らない会社に未来はありません。
会社が社員をかえりみず、会社の存続だけを考え、最低責任である補償すら果たさないのであれば、それは破滅を加速するだけです。
もう一度言います。
東京電力は命をかけた人間に、いやなら裁判を起こせと言いました。
これ脅しですよね。
友人はそれでも「頑張る」と言いました。
私は悲しくなりました。
「頑張らなくていいよ」と言いました。
とても切ないです。
たった2年でこれです。あと東電試算でも廃炉までに35年かかります。
どうかよろしくお願いいたします。
みなさんのお力を貸してください。
福島原発で働く人より。
希望以大家的力量,把這消息廣泛傳出去。
今天、現在也才和福島核電廠的東電社員懇談過。
發現一個驚愕的事實。
聽說已經決定終止東電社員與家屬的補償。
聽說昨天有說明會。
聽說說明會一片混亂,被公司說,若有異議打官司也行。
而且還說,說明會的資料請絕對不要在外公開。
在福島核電廠工作的社員,大部份都曾住在警戒區域。
可以說就是地方的人。
補償終止的理由則是說,因為是租來的社宅,
沒有精神上的苦痛。
但是,他們是即使居所被毀、失去家人震災當天卻還是拼了命工作的人們。
而且,他們還是今後支援福島核電廠收拾工作的人們。
10月承諾我們會對家人部分進行補償的就是東京電力。
但是,卻連二個月都執行不到底就毀約。
那些人也是受災者是很明白的事。
這樣說起來,正就變成對受災者的侮辱。
我的朋友認真的說要辭掉工作。
比起憤怒,更多是悲傷⋯⋯
不懂到底為了什麼努力到現在
聽說自己也因家屬不受補償的事情十分痛苦,還搞到要離婚什麼的
也曾想過,就算只有家人也救不了嗎?
他們是核能設備的專家。如果沒有他們的努力就無法收拾核電。
請想像一下。有那些沒幹勁、恨公司的人正在處理核電。
他們也擁有能讓核電爐心熔毀等級的知識。
我曾憂慮的事態起來了。
我堅決向東京電力抗議。
以及、東京電力說廣野單身宿舍(簡稱J Village宿舍)備有臨時住宅街區的設備。
都是騙人的。那是把超級房屋弄得很廉價的組合宿舍。
沒有澡盆也沒有淋浴設備。廁所是臨時廁所。禁止帶車入住。
只有最低限度的人類居住裝備。
數十名友人住在那裡。
今天遇到的友人的臉色都跟過去的神色相差很大。
然後,每個人都賭上性命的結果竟然是這樣,一半的腦袋都變得可笑。
東京電力社員中,高薪的只有上層的人。
核電是以地方採用的人(高中畢業)為主。
30歲400萬左右的年收入。
消耗生命、無法過人的生活,卻因公司上層的判斷導致核能事故的發生,失去生活的人們,他們只能夠得到這些。
有好幾百個這樣的人在福島核電裡。
他們若辭職的話,就會變由核電知識淺薄的人來收拾福島核電。
再一次地,知道了所謂東京電力這家公司黑暗面的景况。
他們與其說是被薪資所囿,或許說是被強制勞動也不為過。
我並不是以現在的po文,寫一些擴散希望的事。
但是,這次的事件的憤怒無法堵絕。
請求您。請相信會成為救他們的契機的可能性,轉發出去。
我斷言。不遠的將來照這個情況,福島核電最壞的結果即將到訪。
無法守護社員的公司沒有未來。
公司不顧社員,只顧公司的死活,最低責任的補償也無法實現的話,只有加速毀滅一途。
再說一次。
東京電力對為他們捨命的人說,不喜歡的話就打官司吧。
這是個威脅吧。
即使如此,友人說「加油」。
我變得越來越悲傷。
「不加油也很好噢」說。
真的,好苦。
經過二年的努力就這個。而後即使東電試算,到廢爐要花35年。
無論如何,拜託您了。
請借給我大家的寶貴力量。
於福島核電工作的人 敬上
========
みなさんにお願いがあります。
この情報をみなさんの力で拡散願います。
本日、今も福島原発で働く東電社員と懇談してきました。
驚愕の事実が分かりました。
東電社員及び家族の補償の打ち切りが決まったそうです。
昨日説明会があったそうです。
説明会は紛糾し、会社からは異議があれば裁判を起こせばいいだろうと言われたそうです。
また、説明会の資料は外部に絶対に公表しないように言われたそうです。
福島原発で働く社員の多くは警戒区域に住まいがありました。
いわば町の人間なのです。
補償の打ち切りの理由は、借り上げ住宅が借りられたのだから
精神的苦痛はないとのことでした。
彼らは住まいを奪われ、家族を失いながらも、あの震災当日に命を削りながら働いた人間達です。
そして、これからの福島原発の収束を支えていく人間でもあります。
10月に家族分については補償すると約束したのは東京電力です。
しかし、2ヵ月もしないで反故にしたのです。
彼らも被災者であることは明白です。
いうなれば被災者への侮辱になるのです。
私の友人は本気で会社を辞めると言っていました。
怒りよりも悲しいと・・・・
何の為に今まで頑張ってきたのか分からないと
自分はまだしも家族まで補償されないことがつらいそうで、離婚をしてなんとか家族だけでも救えないかとも考えていました。
彼らは原発設備のプロです。彼らの尽力なくして原発の収束はありません。
想像してください。やる気もなく、会社に恨みのある人間が原発を扱うことを。
彼らは原発をメルトダウンさせることもできてしまうくらいの知識はあります。
私が恐れていた事態が起きてしまいました。
東京電力に断固抗議します。
また、広野独身寮(通称Jビレッジ寮)を東京電力は仮設住宅並みの設備を整えていると言っています。
うそです。スーパーハウスを安っぽくしたプレハブ寮です。
風呂もシャワーしかありません。トイレは仮設トイレです。車の持ち込みも禁止。
人間が暮らす最低限度しか整っていません。
そこに友人が何十人といます。
今日あった友人は顔つきが依然の顔とはかけ離れていました。
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東京電力社員で高給与なのは、上の人間だけです。
原発は地方採用の人間(高校卒)がおもです。
30代で400万ほどの年収です。
命を削り、人間的生活ができず、会社の上層部の判断により起きた原発事故で
生活を失しなった人達が、これしかもらえてないのです。
こういった人間が何百人もあの福島原発にいるのです。
彼らが辞めたら、原発の知識も薄い人間が福島原発を収束していくことになります。
改めて、東京電力という会社の暗部を知ったしだいです。
彼らは給与という足かせにより、強制労働させられているといっても過言ではないでしょう
私は今までの投稿で拡散希望など書いたことはありません。
しかし、今回の件については怒りを禁じえません。
お願いです。彼らを救うきっかけになる可能性を信じ拡散願います。
断言します。近い将来このままでは福島原発は最悪の結果が訪れます。
社員を守らない会社に未来はありません。
会社が社員をかえりみず、会社の存続だけを考え、最低責任である補償すら果たさないのであれば、それは破滅を加速するだけです。
もう一度言います。
東京電力は命をかけた人間に、いやなら裁判を起こせと言いました。
これ脅しですよね。
友人はそれでも「頑張る」と言いました。
私は悲しくなりました。
「頑張らなくていいよ」と言いました。
とても切ないです。
たった2年でこれです。あと東電試算でも廃炉までに35年かかります。
どうかよろしくお願いいたします。
みなさんのお力を貸してください。
福島原発で働く人より。
2013年7月17日 星期三
ひとまず
深深地覺得如果是全職作家,會是一個非常辛苦的工作
作家一整個人生都融化在文字裡,賣的正是整個生命的時間, 把所有的生活、所有感受到的時間,一分一刻都是轉化成產值出售的 原料。思考活動也許就勞動來說很輕很輕,卻也讓生活其實沒有一個 真正的片段真正在休息。
雖然也有把這種生產過程處理得很好的、 楽な人——我僅能投以羨慕。
泡個茶的餘裕,只會藉著咖啡因讓人更在夜晚焦慮、睡不著。安靜地躺 在床上只會讓人耳目更加清晰,一丁點超細微聲響都令人強迫探索它 的來源與發生情境。一整天到晚都這樣,精神與肉體的那種累, 消耗得恐怖。
研究寫作的時刻,雖不及全職作家那樣辛苦與投入,卻也其實就是把 腦袋轉到於分析模式中運作,在那段生產的每一片刻,有時候會覺得 ,視覺藝術/ 文化類科研究的人在這時候頗自找苦吃的,因為眼睛一張開便不由自主 地分析所有看見的事物。
聽個音樂想著戰後反抗史與陽物主義。跑步想著操場空間的象徵、空 氣流動與地緣產業或氣候的關係。看個日劇思考劇中情境可能也是研究 對象的某個論點。吃豆腐思考在台日對豆腐思考的差異、推展食物藝 術計劃的論述。火車的窗景想到所謂風景論的政治性,窗外飛過的人 物建築與地理性的階層關係。做夢什麼的就更不用說了,夢中復習或 開展論文的思想與內容,醒來又再分析夢物與現實的指涉或提示(偷 懶就乾脆訴諸塔羅牌與星座運勢)。以及,面個試也發覺女性主義批 判的對象就在眼前上演,打個工體會資本主義運作中隱藏的暴力與歧 視。還有一大堆關於政治、美學、文化、經濟的交互作用⋯⋯人生好 辛苦。批判性很強同時也可能代表無法與現實同步、至少是在前一個時段是 這樣,你無法讓自己做一件自己不認同的動作,強逼的現實也做不到 ,怎麼說,就是會憋不住,就像明知那不該說,可是體內就是有股莫 名的力量驅動著你要把自己的真相說出來,結果可能就壞了所謂的好 事,做不到順調,做不到俗常愛的和。當然這也正是粹出甜美的某種產處,不然人不會選擇這種方式 做下去。
つらい。すごくつらい。
が、そういうことが好き。
專注於呼吸,可以是一種短暫的解脫,有時候有幫助,不過我仍需要 更多的平靜。總之,現在終於可以很久沒有的沈靜下來喝一杯茶,感受這非常奢侈 的放鬆。運轉間的真正中場休息。如果再來一場輕輕的初雪就更好了 ,真想聽聽他口中說的,雪掉下來會有的那種輕輕的聲音。想念起那段薄薄的、淡淡的、輕輕的、告訴我的時光。
我終於可以輕鬆的聽音樂、享受生活、單純的擁抱藝術了!(真的嗎?)
作家一整個人生都融化在文字裡,賣的正是整個生命的時間,
雖然也有把這種生產過程處理得很好的、
泡個茶的餘裕,只會藉著咖啡因讓人更在夜晚焦慮、睡不著。安靜地躺
研究寫作的時刻,雖不及全職作家那樣辛苦與投入,卻也其實就是把
聽個音樂想著戰後反抗史與陽物主義。跑步想著操場空間的象徵、空
つらい。すごくつらい。
が、そういうことが好き。
專注於呼吸,可以是一種短暫的解脫,有時候有幫助,不過我仍需要
我終於可以輕鬆的聽音樂、享受生活、單純的擁抱藝術了!(真的嗎?)
2013年6月19日 星期三
hate
無知也很好啊
無知的少男少女
不知道社會革新與剝削
用愚蠢的現實論苟且生活也很好
反正只要可以出出國 拿獎金 玩股票
有錢就好
人生什麼的 知識什麼的 狗屁哪重要啊
能吃嗎?
我的人只要有得吃 有得晃晃 有得玩
盡近無聊得責任 維持這無聊的社會 不公平的世界也沒差
妳看我活得多好!哪像妳!
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