2013年7月31日 星期三

[翻譯] 福島原発で働く人より。

有一件事情拜託大家
希望以大家的力量,把這消息廣泛傳出去。

今天、現在也才和福島核電廠的東電社員懇談過。
發現一個驚愕的事實。

聽說已經決定終止東電社員與家屬的補償。
聽說昨天有說明會。
聽說說明會一片混亂,被公司說,若有異議打官司也行。
而且還說,說明會的資料請絕對不要在外公開。
在福島核電廠工作的社員,大部份都曾住在警戒區域。
可以說就是地方的人。
補償終止的理由則是說,因為是租來的社宅,
沒有精神上的苦痛。
但是,他們是即使居所被毀、失去家人震災當天卻還是拼了命工作的人們。
而且,他們還是今後支援福島核電廠收拾工作的人們。

10月承諾我們會對家人部分進行補償的就是東京電力。
但是,卻連二個月都執行不到底就毀約。
那些人也是受災者是很明白的事。
這樣說起來,正就變成對受災者的侮辱。

我的朋友認真的說要辭掉工作。
比起憤怒,更多是悲傷⋯⋯
不懂到底為了什麼努力到現在
聽說自己也因家屬不受補償的事情十分痛苦,還搞到要離婚什麼的
也曾想過,就算只有家人也救不了嗎?
他們是核能設備的專家。如果沒有他們的努力就無法收拾核電。
請想像一下。有那些沒幹勁、恨公司的人正在處理核電。
他們也擁有能讓核電爐心熔毀等級的知識。

我曾憂慮的事態起來了。
我堅決向東京電力抗議。

以及、東京電力說廣野單身宿舍(簡稱J Village宿舍)備有臨時住宅街區的設備。
都是騙人的。那是把超級房屋弄得很廉價的組合宿舍。
沒有澡盆也沒有淋浴設備。廁所是臨時廁所。禁止帶車入住。
只有最低限度的人類居住裝備。
數十名友人住在那裡。
今天遇到的友人的臉色都跟過去的神色相差很大。

然後,每個人都賭上性命的結果竟然是這樣,一半的腦袋都變得可笑。
東京電力社員中,高薪的只有上層的人。
核電是以地方採用的人(高中畢業)為主。
30歲400萬左右的年收入。
消耗生命、無法過人的生活,卻因公司上層的判斷導致核能事故的發生,失去生活的人們,他們只能夠得到這些。

有好幾百個這樣的人在福島核電裡。
他們若辭職的話,就會變由核電知識淺薄的人來收拾福島核電。

再一次地,知道了所謂東京電力這家公司黑暗面的景况。

他們與其說是被薪資所囿,或許說是被強制勞動也不為過。

我並不是以現在的po文,寫一些擴散希望的事。
但是,這次的事件的憤怒無法堵絕。
請求您。請相信會成為救他們的契機的可能性,轉發出去。
我斷言。不遠的將來照這個情況,福島核電最壞的結果即將到訪。
無法守護社員的公司沒有未來。
公司不顧社員,只顧公司的死活,最低責任的補償也無法實現的話,只有加速毀滅一途。

再說一次。
東京電力對為他們捨命的人說,不喜歡的話就打官司吧。
這是個威脅吧。

即使如此,友人說「加油」。
我變得越來越悲傷。
「不加油也很好噢」說。
真的,好苦。

經過二年的努力就這個。而後即使東電試算,到廢爐要花35年。
無論如何,拜託您了。
請借給我大家的寶貴力量。

於福島核電工作的人 敬上




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みなさんにお願いがあります。
この情報をみなさんの力で拡散願います。

本日、今も福島原発で働く東電社員と懇談してきました。
驚愕の事実が分かりました。

東電社員及び家族の補償の打ち切りが決まったそうです。
昨日説明会があったそうです。
説明会は紛糾し、会社からは異議があれば裁判を起こせばいいだろうと言われたそうです。
また、説明会の資料は外部に絶対に公表しないように言われたそうです。
福島原発で働く社員の多くは警戒区域に住まいがありました。
いわば町の人間なのです。
補償の打ち切りの理由は、借り上げ住宅が借りられたのだから
精神的苦痛はないとのことでした。
彼らは住まいを奪われ、家族を失いながらも、あの震災当日に命を削りながら働いた人間達です。
そして、これからの福島原発の収束を支えていく人間でもあります。

10月に家族分については補償すると約束したのは東京電力です。
しかし、2ヵ月もしないで反故にしたのです。
彼らも被災者であることは明白です。
いうなれば被災者への侮辱になるのです。

私の友人は本気で会社を辞めると言っていました。
怒りよりも悲しいと・・・・
何の為に今まで頑張ってきたのか分からないと
自分はまだしも家族まで補償されないことがつらいそうで、離婚をしてなんとか家族だけでも救えないかとも考えていました。
彼らは原発設備のプロです。彼らの尽力なくして原発の収束はありません。
想像してください。やる気もなく、会社に恨みのある人間が原発を扱うことを。
彼らは原発をメルトダウンさせることもできてしまうくらいの知識はあります。

私が恐れていた事態が起きてしまいました。
東京電力に断固抗議します。

また、広野独身寮(通称Jビレッジ寮)を東京電力は仮設住宅並みの設備を整えていると言っています。
うそです。スーパーハウスを安っぽくしたプレハブ寮です。
風呂もシャワーしかありません。トイレは仮設トイレです。車の持ち込みも禁止。
人間が暮らす最低限度しか整っていません。
そこに友人が何十人といます。
今日あった友人は顔つきが依然の顔とはかけ離れていました。

そして皆が命を張った結果がこれかと、なかば頭がおかしくなっています。
東京電力社員で高給与なのは、上の人間だけです。
原発は地方採用の人間(高校卒)がおもです。
30代で400万ほどの年収です。
命を削り、人間的生活ができず、会社の上層部の判断により起きた原発事故で
生活を失しなった人達が、これしかもらえてないのです。

こういった人間が何百人もあの福島原発にいるのです。
彼らが辞めたら、原発の知識も薄い人間が福島原発を収束していくことになります。

改めて、東京電力という会社の暗部を知ったしだいです。

彼らは給与という足かせにより、強制労働させられているといっても過言ではないでしょう

私は今までの投稿で拡散希望など書いたことはありません。
しかし、今回の件については怒りを禁じえません。
お願いです。彼らを救うきっかけになる可能性を信じ拡散願います。
断言します。近い将来このままでは福島原発は最悪の結果が訪れます。
社員を守らない会社に未来はありません。
会社が社員をかえりみず、会社の存続だけを考え、最低責任である補償すら果たさないのであれば、それは破滅を加速するだけです。

もう一度言います。
東京電力は命をかけた人間に、いやなら裁判を起こせと言いました。
これ脅しですよね。

友人はそれでも「頑張る」と言いました。
私は悲しくなりました。
「頑張らなくていいよ」と言いました。
とても切ないです。

たった2年でこれです。あと東電試算でも廃炉までに35年かかります。
どうかよろしくお願いいたします。
みなさんのお力を貸してください。

福島原発で働く人より。


 

2013年7月17日 星期三

ひとまず

深深地覺得如果是全職作家,會是一個非常辛苦的工作
作家一整個人生都融化在文字裡,賣的正是整個生命的時間,把所有的生活、所有感受到的時間,一分一刻都是轉化成產值出售的原料。思考活動也許就勞動來說很輕很輕,卻也讓生活其實沒有一個真正的片段真正在休息。


雖然也有把這種生產過程處理得很好的、楽な人——我僅能投以羨慕。

泡個茶的餘裕,只會藉著咖啡因讓人更在夜晚焦慮、睡不著。安靜地躺在床上只會讓人耳目更加清晰,一丁點超細微聲響都令人強迫探索它的來源與發生情境。一整天到晚都這樣,精神與肉體的那種累,消耗得恐怖。

研究寫作的時刻,雖不及全職作家那樣辛苦與投入,卻也其實就是把腦袋轉到於分析模式中運作,在那段生產的每一片刻,有時候會覺得,視覺藝術/文化類科研究的人在這時候頗自找苦吃的,因為眼睛一張開便不由自主地分析所有看見的事物。

聽個音樂想著戰後反抗史與陽物主義。跑步想著操場空間的象徵、空流動與地緣產業或氣候的關係。看個日劇思考劇中情境可能也是研究對象的某個論點。吃豆腐思考在台日對豆腐思考的差異、推展食物藝術計劃的論述。火車的窗景想到所謂風景論的政治性,窗外飛過的人物建築與地理性的階層關係。做夢什麼的就更不用說了,夢中復習或開展論文的思想與內容,醒來又再分析夢物與現實的指涉或提示(偷懶就乾脆訴諸塔羅牌與星座運勢)。以及,面個試也發覺女性主義批判的對象就在眼前上演,打個工體會資本主義運作中隱藏的暴力與歧視。還有一大堆關於政治、美學、文化、經濟的交互作用⋯⋯人生好辛苦。
批判性很強同時也可能代表無法與現實同步、至少是在前一個時段是這樣,你無法讓自己做一件自己不認同的動作,強逼的現實也做不到,怎麼說,就是會憋不住,就像明知那不該說,可是體內就是有股莫名的力量驅動著你要把自己的真相說出來,結果可能就壞了所謂的好事,做不到順調,做不到俗常愛的和。當然這也正是粹出甜美的某種產處,不然人不會選擇這種方式做下去。

つらい。すごくつらい。
が、そういうことが好き。

專注於呼吸,可以是一種短暫的解脫,有時候有幫助,不過我仍需要更多的平靜。總之,現在終於可以很久沒有的沈靜下來喝一杯茶,感受這非常奢侈的放鬆。運轉間的真正中場休息。如果再來一場輕輕的初雪就更好了,真想聽聽他口中說的,雪掉下來會有的那種輕輕的聲音。想念起那段薄薄的、淡淡的、輕輕的、告訴我的時光。


我終於可以輕鬆的聽音樂、享受生活、單純的擁抱藝術了!(真的嗎?)